石川県立歴史博物館

石川県歴史博物館からのお知らせ

2017年03月01日

「祭礼体感シアター」 休止のお知らせ

3月1日(水)・2日(木)の二日間、
点検のため、終日、「祭礼体感シアター」を休止します。

ご不便をおかけしますがご了承下さい。

詳しくはこちら


2017年01月26日


「十二ひとえ」を着てみよう!

十二単の衣裳を着ることができます。
 ■期 間: 2月4日(土)~3月26日(日)の
       土日祝日のみ
 ■時 間: 9:30~16:00
 ■費 用: 無料
 ■対 象: 小学校高学年以上
 ※衣裳全体で10kg近くあります。
 ※予約制ではありませんので、お待ち頂くことが
  ございます。

詳しくはこちら

 

2016年11月22日

駐車場利用のお願い



平成28年12月5日(月)より、駐車場の工事に伴いバスの駐車場内でのUターンができなくなります。恐れ入りますが、駐車場にお入りの場合、あらかじめ道路側からバックでご入場願いますようお願い申し上げます。

2016年10月05日

団体利用案内

当館は学校教育機関における校外学習、社会科見学だけではなく、幅広い世代の方々の施設見学にも協力していきたいと考えています。
団体でのご利用の際には、下記の団体入館申込フォームに必要事項を入力しメール送信、または電話でお申込み下さい。
※メール送信の場合は、折り返し確認の電話をさせていただくことがあります。
 ご了解下さい。

団体入館申込フォーム


2016年09月02日


常設展示の更新(9月)について


第1展示室 近世
2.加賀藩政の展開コーナー


☐展示期間:
平成28年8月31日(水)~12月27日(火)
☐展示資料:
天神画像(てんじんがぞう) 
☐解説
 前回まで「前田綱紀画像(まえだつなのりがぞう)」として展示されて来ましたが、今回は本来の資料特性を生かして「天神画像」として紹介します。描いた絵師は土佐光成(とさみつなり 1646~1710)で土佐派中興の祖とされる土佐光起の長子です。菅原道真(すがわらみちざね)を神として信仰した天神画像はたくさん描かれて来ましたが、この画像では上部の文字がとても重要です。加賀藩士家最大を誇った本多家の第9代当主に就いた政和(まさかず)は、自分の政事の規範を加賀藩第5代前田綱紀(1643~1724)に求めました。家督相続の翌年(文政4年=1821)、綱紀と同時代に生きた光成のこの画像を得、綱紀の姿として尊奉しました。
☐ここがポイント
 文政3年(1820)9月、わずか8歳で加賀八家本多家5万石を継いだ政和のプレッシャーは大変なものだったでしょう。ちょうど1年を経過した時にこの画像に逢い、その思いを「(綱紀公は)菅公の再来、古今抜群の名将だ」、と記しました。
 政和は、文政11年には播磨守(はりまのかみ)に叙任し加賀藩政を支え、のち加賀藩第12代前田斉広(なりなが)の末娘寿々(すず)姫を室に迎えました。

2016年07月23日


常設展示の更新(7月)について


1.加賀藩の政治と文化コーナー


☐展示期間:
平成28年7月23日(土)~11月6日(日)
☐展示資料:
幻の二ノ丸御殿の内部装飾
二ノ丸御殿御襖紙見本
(にのまるごてんおんふすまがみみほん) 
江戸時代(19世紀)
本館蔵
☐解説
 金沢城二ノ丸は寛永8(1631)年の火災の後に創建されましたが、宝暦9(1759)年と文化5(1808)年の2度焼失しています。文化の大火後は、それまでの二ノ丸御殿の面積をさらに拡張させたもので、政務を行う場であった「表向き」と藩主の日常生活の場であった「御居間廻り」、御広式で働く御殿女中たちの居住空間を含む「奥向き」の大きく3つの空間に分かれていました。この襖紙見本は、文化6(1809)年の二ノ丸御殿の再建に関連する資料と考えられ、江戸時代の二ノ丸御殿の姿を伝える平面図以外の手がかりとして、とても貴重なものです。
☐ここがポイント
 当館で保管している襖紙の見本は8点だけですので断片的ではありますが、建坪3225坪ほどあった文化の火災後の二ノ丸御殿の内部装飾を知ることができます。それぞれの襖紙をどの部屋のどの部分で使用するかが記されていることから、部屋の格式ごとに紙の種類や柄を使い分けていたことが分かります。雲母引(きらびき)の高級紙がふんだんに使用されており、二ノ丸御殿の内装がいかに贅沢なものであったかが想像されます。

2016年06月15日


館蔵資料の画像使用について


当館では、所蔵する資料の画像データを教育または学術、公共目的に限り無償で提供しております。利用を希望される方は、必要書類をダウンロードの上、下記申請先まで提出してください。なお資料によっては画像を提供できない場合がございます。あらかじめご了承ください。

詳しくはこちらをクリック

申請先
石川県立歴史博物館資料課
住所:〒920‐0963 石川県金沢市出羽町3-1

2016年06月01日


常設展示の更新(5月)について


1 「武士と一揆」コーナー


☐展示期間:
平成28年5月25日~同年7月20日
☐展示資料:
鎌倉時代の正月のまじない道具公開!
羽子板・独楽

鎌倉・南北朝時代(13~14世紀)
金沢市堅田館跡出土 金沢市埋蔵文化財センター蔵
☐解説
 金沢市森本にあった堅田館は、加賀と能登・越中とをつなぐ交通の要衝に位置します。背後には山が控え、南を森下(もりもと)川が流れる立地に加え、周囲に堀をめぐらすなど防御面での工夫がみられることから、中世加賀の有力武士の館と考えられています。
 この堅田館跡からは、正月行事の道具が出土しています。中世の人々は年頭に際しさまざまな行事を行っていましたが、その中には厄除けや無病息災など、呪術的要素を含むものも多くありました。独楽回しや羽根突きもそうした行事の一つであったといわれており、当時の人々の年始への祈りをうかがうことができます。
☐ここがポイント
 今回展示する独楽と羽子板は、いずれも石川県内で出土したものの中では最古のものです。日本最古の独楽は藤原宮跡で発掘された7世紀のものですが、独楽の歴史は非常に古く、世界各地で紀元前にさかのぼるものが発見されています。また羽根突きの道具羽子板は「こき板」として15世紀の『看聞日記』に出てくるのが文献上の初見ですが、今回のもののように14世紀以前の遺跡からも多数出土しています。

2 「近代国家と石川県」コーナー


☐展示期間:
平成28年5月23日~29年3月末(予定)
☐展示資料:
石川の殖産興業をけん引した繊維産業の出発点
津田米力織機図面
(つだよねりきしょっきずめん) 
明治後期(19~20世紀)
本館蔵
☐解説
 石川県の繊維産業は、全国的にも高い水準を誇っています。とりわけ明治時代後期には輸出羽二重(絹織物)が全国生産のほぼ三分の一を占めていました。こうしたなかで注目されるのが、羽二重絹力織機を発明した津田米次郎です。父の吉之助は明治7(1874)年設立の金沢製糸会社の建設にあたっても、建物や機械設備の設計・施工を担当しています。一方、米次郎は明治33(1900)年、ついに力織機を完成させました。力織機の導入は、本格的な工場制機械工業の成立を意味し、これを機に石川県の繊維産業は飛躍的な発展を遂げました。
☐ここがポイント
 石川県の繊維産業の発展を支えた津田家旧蔵の精緻な図面から、繊維産業近代化への熱意を見て取ることができます。

3 「加賀・能登の祭り」コーナー


☐展示期間:
平成28年5月23日~同年7月23日(予定)
☐資料名:
初公開!金沢の曳山を飾った龍頭
宝船型曳山の部材

慶応3(1867)年
金沢市 宇多須神社蔵

☐解説
 金沢にはほかの都市にみられるような豪華な曳山がないと思われています。しかし、実は慶応3(1867)年に兼六園にあった天満宮を卯辰山に遷座する際のお祭りにあわせ、木町(現 東山)・観音町は共同で宝船・菊慈童・西王母をそれぞれ飾りとする3台の曳山を作り、囃しを伴い、巡行しました。明治6(1873)年の尾山神社遷宮祭にも仮装行列の一団を引き連れ練り歩きました。曳山の分類でいえば、太鼓の演奏を主な目的とする「太鼓山」にあたります。明治の大火で3台のうち西王母曳山は焼失。宝船曳山は船の舳部分の龍頭のみ焼失を免れました。
☐ここがポイント
 曳山がないと思われている金沢の祭礼文化の印象をくつがえす貴重な資料です。当時の金沢町人たちの意気込みを感じ取ることができます。

石川県立歴史博物館〒920-0963石川県金沢市出羽町3-1TEL 076-262-3236FAX 076-262-1836
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