石川県立歴史博物館

石川県歴史博物館からのお知らせ

2017年10月01日

駐車場利用のお願い



平成29年10月上旬頃より、駐車場のスペース縮小に伴いバスの駐車場内でのUターンができなくなります。恐れ入りますが、駐車場にお入りの場合、あらかじめ道路側からバックでご入場願いますようお願い申し上げます。
なお、詳しい期間は決まり次第お知らせします。

2017年08月21日

当館の敷地には、辰巳用水の石管を利用した噴水がございます。1時間おきに水が出ますが、館内での講座や講演会開催などの都合により停止する場合がございます。年内の停止時間帯をお知らせしますので、あらかじめご了承ください。

8月
24日(木) 1時台・2時台

9月
9日(土) 1時台・2時台
16日(土) 1時台・2時台

10月
8日(日) 1時台~4時台
21日(土) 1時台・2時台
28日(土) 3時台・4時台

11月
15日(水) 1時台~3時台
18日(土) 1時台・2時台
19日(日) 12時台~4時台
22日(水) 1時台~3時台
23日(水) 12時台~4時台
24日(金) 終日
25日(土) 終日
29日(水) 1時台~3時台

12月
6日(水) 1時台~3時台
9日(土) 1時台・2時台
13日(水) 1時台~3時台
20日(水) 1時台~3時台

2017年08月20日

ワークショップ
「神様、妖怪はどんな顔?世界にひとつだけの仮面作り」
 ■日時:8月6日、13日、20日、27日(8月中の日曜日)
     9:00~12:00、13:00~16:30
     (午前は11:00 受付終了、午後は15:30 受付終了)
 ■会場:石川県立歴史博物館 歴史体験広場
 ■費用:参加無料
 ■所要時間:60分程度
 (受付順にご案内しますが、混雑している場合はお待ちいただくことが
  ございます。)

詳しくはこちら

       

2017年07月15日


加賀藩の政治と文化コーナー

 ■期間 平成29年7月15日(土)~9月3日(日)
 ■展示資料
  加賀騒動前夜、若くして亡くなった7代藩主
  前田宗辰(まえだむねとき)画像
  江戸時代(18 世紀) 本館蔵

【解説】
 江戸幕府が成立する前に没した前田利家を含めると、加賀藩主は14人いました。この肖像画は、7代藩主前田宗辰(1725-1746)の生母いよ(浄珠院)の実家である上坂(こうさか)家に伝わった宗辰の肖像画です。初代前田利家などに比べるとあまり知られていない人物かもしれませんが、加賀藩の歴史の中で最もめまぐるしく藩主が交代した時期の藩主の一人です。
宗辰は享保10年(1725)に金沢の金谷御殿(かなやごてん)で生まれました(幼名を勝丸、後に犬千代、又左衛門利雄と称する)。元文元年(1736)に正四位左近衛権少将兼佐渡守に任じられ、8代将軍吉宗の偏諱を賜り宗辰と改めました。延享2年(1745)、宗辰は21歳の若さで家督を継ぎ(加賀守に改称、左近衛権中将)、父吉徳(よしのり)の寵臣大槻伝蔵(おおつきでんぞう)を流罪に処しますが、22歳の若さで亡くなりました。宗辰の死後、8代藩主重熙(しげひろ)と浄珠院への毒殺未遂事件が起こり、加賀騒動へと発展しました。

□ここがポイント
 繧繝縁(うんげんべり)に座した束帯姿の宗辰の右上に松と梅が配されています。現存する古文書に「(この肖像画は)宗辰とよく似ている」といったことが書かれていることから、若き7代藩主の姿をある程度忠実に描いたものと考えられます。画面右下に落款があり、筆者が浄珠院の妹の夫・渡辺与左衛門であることがわかります。

2017年04月26日

団体利用案内

当館は学校教育機関における校外学習、社会科見学だけではなく、幅広い世代の方々の施設見学にも協力していきたいと考えています。
団体でのご利用の際には、下記の団体入館申込フォームに必要事項を入力しメール送信、または電話でお申込み下さい。
※メール送信の場合は、折り返し確認の電話をさせていただくことがあります。
 ご了解下さい。
※また、当館学芸員へのご質問がある場合は、担当の学芸員が不在の場合も考えられますので、あらかじめ当館までご連絡をお願いします。

団体入館申込フォーム


2017年04月05日


加賀藩の政治と文化コーナー

新たに「加賀藩の政治と文化(近世)」コーナーに展示された資料の中から、「加賀藩江戸本郷邸泥絵」を紹介します。

 ■期  間 平成29年3月23日(木)~5月28日(日)
 ■展示資料 赤門は、お江戸のランドマーク!
       加賀藩江戸本郷邸泥絵(かがはんえどほんごうていどろえ)
       江戸時代(19世紀) 本館蔵

【解説】
 これは加賀藩前田家の上屋敷(かみやしき)であった本郷邸が描かれた泥絵(安価な顔料に胡粉(ごふん)を混ぜ、膠(にかわ)で溶いた絵具を使用した絵のこと)です。江戸後期に土産物として人気があった泥絵に描かれていることから、本郷邸が江戸名所の一つになっていたことがうかがえます。画面の中央付近に、東京大学本郷キャンパスのシンボルとして有名な赤門が描かれていますが、これは11代将軍徳川家斉(いえなり)の息女溶姫(ようひめ)が1827年(文政10)に加賀藩13代藩主前田斉泰(なりやす)に嫁ぐ際に御守殿(ごしゅでん)門としてつくられました。この泥絵は、当時の人々がイメージする本郷邸のすがたを伝えるものとしては数少ない史料の一つです。

□ここがポイント
 本郷邸は屋敷の南側と西側が公道に面しており、溶姫の輿入れのためにつくられた赤門は、屋敷の正門である大御門と並んで西側につくられました。この泥絵は屋敷の南西側から描かれたもので、溶姫が輿入れした後の平面図と主だった建物の配置が一致するので、描写の精緻さには欠けるものの、ある程度外観を忠実に描いていると考えられます。高い塀や門で閉ざされていた屋敷内部には、政務を執り行う表御殿、藩主と夫人・女中の生活空間、家臣の生活空間、育徳園(庭園)が広がっており、その面積は支藩の富山藩・大聖寺藩の屋敷を含めると103,822坪(33万㎡)に及びました。

2016年07月23日


常設展示の更新(7月)について


1.加賀藩の政治と文化コーナー


☐展示期間:
平成28年7月23日(土)~11月6日(日)
☐展示資料:
幻の二ノ丸御殿の内部装飾
二ノ丸御殿御襖紙見本
(にのまるごてんおんふすまがみみほん) 
江戸時代(19世紀)
本館蔵
☐解説
 金沢城二ノ丸は寛永8(1631)年の火災の後に創建されましたが、宝暦9(1759)年と文化5(1808)年の2度焼失しています。文化の大火後は、それまでの二ノ丸御殿の面積をさらに拡張させたもので、政務を行う場であった「表向き」と藩主の日常生活の場であった「御居間廻り」、御広式で働く御殿女中たちの居住空間を含む「奥向き」の大きく3つの空間に分かれていました。この襖紙見本は、文化6(1809)年の二ノ丸御殿の再建に関連する資料と考えられ、江戸時代の二ノ丸御殿の姿を伝える平面図以外の手がかりとして、とても貴重なものです。
☐ここがポイント
 当館で保管している襖紙の見本は8点だけですので断片的ではありますが、建坪3225坪ほどあった文化の火災後の二ノ丸御殿の内部装飾を知ることができます。それぞれの襖紙をどの部屋のどの部分で使用するかが記されていることから、部屋の格式ごとに紙の種類や柄を使い分けていたことが分かります。雲母引(きらびき)の高級紙がふんだんに使用されており、二ノ丸御殿の内装がいかに贅沢なものであったかが想像されます。

2016年06月15日


館蔵資料の画像使用について


当館では、所蔵する資料の画像データを教育または学術、公共目的に限り無償で提供しております。利用を希望される方は、必要書類をダウンロードの上、下記申請先まで提出してください。なお資料によっては画像を提供できない場合がございます。あらかじめご了承ください。

詳しくはこちらをクリック

申請先
石川県立歴史博物館資料課
住所:〒920‐0963 石川県金沢市出羽町3-1

石川県立歴史博物館〒920-0963石川県金沢市出羽町3-1TEL 076-262-3236FAX 076-262-1836
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