江戸時代後期に活躍した武田友月(たけだゆうげつ)の作である。武田友月(秀平)は播磨国姫路に生まれ、1814(文化11)年に金沢に来て、1844(弘化元)年に没した。なお、武田秀平は彫刻には友月、陶器には民山(みんざん)の号を用い、金沢の春日山(かすがやま)に民山窯を築いた。 癋見(べしみ)の内側に「天保八丁酉卯月吉祥日/加越能 大守/家臣武田友月謹造之」と銘が刻まれ、1822(文政5)年に藩主を継いだ前田斉泰(まえだなりやす)のために彫ったことが分かる。
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