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手榴弾(しゅりゅうだん)

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 1941(昭和16)年には金属類回収令が施行され市中の金属が枯渇したため、九谷焼業界は金属に代わる陶製代用品生産に活路を求めた。そうした中、軍部から「九谷焼の手榴弾を作れ」と言う無理難題が課せられた。
 この九谷焼の蓋裏には「締焼小壷 胴径三寸三分 高さ三寸七分 右は昭和二十年三月 太平洋戦争敗戦の色濃き時、金属資材不足のため軍部の命により手榴弾として試作したもののうちの一つである。昭和二十一年春 石川縣工芸指導所長 介州高橋勇」と墨で書かれる。

時 代
1945(昭和20)年
寸 法
胴径9.9cm
高さ11.2cm
作 者
高橋介州
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